あるいは

こつこつと、日々により添って、丁寧に日記を

書けない日

今朝、前職のマネージャーのひざ元にうずくまって私が泣いている夢を見た。「本当は」と私は言っていた。「本当」なんて自分でもよくわからないのに。夢の詳細は覚えていないが、私の席の隣には先輩がいて、久しぶりの仕事で手順がわからずあたふたしている私に先輩はひどく冷たく当たり、戸惑う夢だったような気がする。夢から覚めても泣いていた感触が喉に、目に、手に、残っていて、今朝はプールから上がったときのような気だるさをもって起きた。

 

帰省はたったの二日間で、両親と兄弟と知人達と顔を合わせ、お土産を買い、野球を観て、お酒を飲み、チーズを食べながら兄と語らい、弟の成長を見て目を細め、わざわざ地元で本を買い、重い思いをしながら小雨の中とんぼ帰りで帰宅した。人と話した分だけ何か書き残したいことがあったのに、今朝マネージャーの夢を見たらすべて忘れてしまった。お墓に手を合わせることもなく戻ってきてしまったので先祖が枕元に立つのであればわかるような気がするが、なぜマネージャーの膝に目元を押し付けて泣く夢など見たのだろう。私の涙でできた染みがいやにはっきりした変な夢だった。「本当は」なんだったのだろう。

 

終わらなかった物語も、始まらなかった物語も、想いも出来事も、忘れてしまう。

 

恋人である彼が私の頭に残る大きな傷跡の始まりを撫でて「よく頑張ったね」とほほ笑んだこと、私が年上の男性の賢さを語ると父は私をたしなめること、私がバスの中で失くした100円玉はテレポーテーションとタイムリープを経て先日彼の会社の廊下に落ちていたこと、「最近はどんな本を読んでいますか?」という19歳の女の子のまっすぐなまなざしに耐え切れなくて彼女の肌がすべすべ光っているのを見ながらも目を見返すことはしなかったこと、6年前の私のことを弟が「お兄ちゃんもできなかったすごいこと」をしたと表現したこと、中心がへこんでいてカーキのリボンで巻かれた麦わら帽子、美味しくないと思いながら飲み込んだお供え物のみたらし団子。

 

8月、選ぶなら一つ。答えが最初から決まっているので迷う時間はいらない。私は、8月に散文を選ぶ。一瞬も迷わなかった。「好きな人、いる?」と訊かれて思わず空に誰かを描いてしまう小学生の女の子のように、一瞬で私は思ったよ。芥川賞の選評が載った分厚い雑誌を見て胸がときめいたよ。誰かに届いてほしかっただけ。夏にいつも焦がれているだけ。

 

今日は全然だめだ。こんな日に日記を書くべきではない。おしまい。